つまづきを長所に変えて~『ダンボ』のたどった苦難の道(前編):高橋ヨシキ連載2 (5/7ページ)

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そこで『ダンボ』はなるべく予算をかけずに作られることになったのですが、その結果、キャラクター・アニメーションもディティールを描きこまず、線の数を減らすことが求められました。しかしビル・ティトラ(ダンボ担当作画監督)をはじめとするアニメーターたちは、ディティールを省いたぶん、キャラクターの動きや表情に労力を注ぎこんだので、驚くべきキュートさが生まれることになったのです。
「ジャンボ・ジュニア」がくしゃみをすると、それまで隠れて見えなかった巨大な耳が露わになりました。これを見て、意地悪なおばさんゾウたちは嫌悪の叫びをあげます。さっきまでは「可愛い可愛い」と言っていたのに、手のひらを返したように「どういうことかしら?」「おかしいんじゃないの?」などと陰口を叩きはじめ、しまいには「あれは〈リトル・ジャンボ〉なんていうより〈ダンボ〉って名前にした方がいいわね」と言い放ちます。
「Dumbo ダンボ」は、英語の「Dumb」にジャンボの語尾「o」をつけた、悪意に満ちたあだ名です。「Dumb」は「うすのろな」「バカな」という意味ですから、日本語に訳すと「ダンボ」は「うすのろ太郎」「バカ夫」といった感じでしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんを「うすのろ太郎」呼ばわりするとは、何というひどい連中でしょうか。書いていて涙が出てきました。くそっ、あのばばあのゾウだけは絶対に許せない。
 しかしお母さんのジャンボは優しくダンボを鼻で抱きかかえます。赤ちゃんは皆そうですが、お母さんだけが赤ちゃんの全世界であり、残酷な世間から守ってくれる障壁でもあるわけです。「母親」の普遍的な愛情は、のちにジャンボが牢屋のような貨車に閉じ込められてしまったときに、名曲「Baby Mine 私のベイビー」に乗せて、余すところなく描かれています。いろんな動物たちが、それぞれ自分の赤ちゃんをあやしているという素晴らしい場面です。
 ダンボは大きな耳のせいで、駆け足になるとよくつまづいて転んでしまいます。耳を踏んでしまうからですが、これは実に見事なメタファーだと思います。「自分の短所(あるいは奇形、もしくは人より劣っているとされる部分)が、まさに自分をつまづかせる原因となっている」ことを、絵ではっきりと示してくれるからです。

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