スペシャル対談・田中京×大下英治「今の日本には“田中角栄”が必要だ」(2)角栄が見せた2つの泣き顔 (2/3ページ)
時間が経っていたもので、手紙のことをすっかり忘れたまま普通に玄関に出て行ったら、親父は立ったまま目を真っ赤にして、仁王立ちしてるんです。そして、バッと僕のことを抱きしめて、「ありがとう」と言って泣き崩れたんです。それで、こっちも一気に泣けてしまったんですが、その横に立ってる当事者の弟がポケーっとしててね(笑)。これがB型親子の典型だったんでしょうね。
大下 ジンとするね。田中角栄が家族のことで泣いたっていう話は、あまり聞かないから。
田中 一瞬ですけど号泣ですからね。その時、僕は初めて、父親という存在を肌で感じましたし、「ああ、ひとつだけは親孝行できたな」と思えました。でも、あの親父ですから、さっと涙は止まって、「さあ飲むぞ」となった(笑)。その時、どこかのメモ用紙かなんかをビリッと破いて、「お前、ここにサインをしろ。ちゃんと“Kyo Tanaka”と書くんだぞ」と言うんです。
大下 そのサインは、何か意味があるものなの?
田中 いやいや、要するに、渡欧したんだから英語のサインを書いてみろ、ということみたいです。そのサインした紙をパッと折って財布に入れてました。
大下 当時、海外で活躍されていた京さんを、誇りに思われていたからでしょう。それ以外で、角さんの泣くところを見られたことはありますか?
田中 テレビ出演の際に泣く手前、というのは観ました。「3時のあなた」っていう番組が昔ありましたでしょう。それに親父がゲストで出て、その時初めて親父が歌を歌う姿を目の当たりにしました。「北上夜曲」という曲でした。ダミ声の高い音で歌っていたんですが、途中目を真っ赤にしてね。おそらく、歌っているうちに北の地の思い出がグーッと込み上がってきたんでしょうね。でも、歌い終えると、涙がスーッと引いていくんですよ。あれは不思議でしたね。
大下 自分を見事に律していたんだね。さすがだ。
田中 僕が見た親父の涙は、それだけでした。