石川ひとみ「病気になっても、心の髄の部分には“歌”がずっと残っていた」 (3/4ページ)

日刊大衆

ちなみに、岩崎さんとのデュエットは今回が初めてですよね?

石川:そうです。とても楽しかったですし、いろいろと勉強になりましたね。

――勉強、というのは?

石川:レコーディングに臨む姿勢とか歌に対する謙虚さとか。でも、大胆に歌われるところもあって、岩崎さん流の曲のこなし方というのを感じ取れたので、すごく充実した時間でした。

――よかったですね。ちょっと話は変わりますが、石川さんは1987年に慢性B型肝炎にかかり、一年間休業されました。闘病生活は大変だったでしょうね?

石川:そうですね。一番大変というか、驚いたのは、誤解や偏見がある、ということでしたね。うつるんじゃないかと避けられたりもしました。私は生まれつきの母子感染で仕方のないことだったんです。当然、普通の生活でうつることはないんですが、そういう理解がなかったことが、一番つらかったです。でも、その分、人としての勉強はすごくいっぱいできて、ひとつひとつの経験すべてを自分の肉にするというか……。

――人としての勉強、とはどういったことですか?

石川:人は一人では生きていけなくて、励ましたり、励まされたり、支え合ってみんなで手を取り合って生きていくものだと思うんですね。そういう経験を重ねていくと、自分からも力を発することができるようになると思えたんです。人は愚かな生き物なので、苦境とかに立ち向かったときに初めて見えるものがいっぱいあって。特に、苦しみの中にいれば、他人への感覚も敏感になるんですよ。

――なるほど。当時は、このまま芸能界を引退しよう、ということは考えなかったんですか?

石川:仕事の面ではカットアウトされたので、これから、どうやって生きていったらいいのかな、っていうのは確かに考えました。私は犬が好きで、トリマーになる夢が学生時代にあったので、それをやっている自分をイメージしようとしたのですが、どうしても湧いて来なくて。やっぱり心の髄の部分では“歌”という火種がずっと残っていたんです。私自身がそれを消そうとしなかったんでしょうね。いつかステキな風が吹いたときに、その火種がホワッと明るくなる、そう強く信じていたんだと思います。

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