83歳筆者の〈極私的鑑賞ノート〉(4)...黒木和雄「TOMORROW/明日」に、戦争の理不尽を思う (2/6ページ)
何故、こんなイントロを書いたか?と言えば、筆者の頭の中で、佐藤忠男 → 映画監督黒木和雄 → 戦争レクイエム3部作 → 「美しい夏キリシマ」、「TOMORROW/明日」、「父と暮らせば」、そして更に、山田洋次監督の「母と暮らせば」までが一連の連想として浮かんだからである。
実は、筆者の好みからすると、日本映画なら、豊田四郎監督の「夫婦善哉」とか、成瀬巳喜男監督の「浮き雲」とか、新藤兼人監督なら「墨東綺譚」とか「裸の島」など、黒澤明監督なら「生きる」、そして脈絡は無いが、若松孝二監督の「キャタピラー」とか「千年の愉楽」、高林陽一監督の「西陣心中」というところなのだが、一方で、"悪くない"では「不十分な」、映画として積極的に認めたい作品として、上に挙げた黒木監督作品も当然含まれる。
今回は、これら黒木和雄監督映画を中心にして書くことにした。
筆者の手元には、精読したわけでは無いのだが、過去に求めた、佐藤忠男著「黒木和雄とその時代」、株式会社現代書館から2006年8月15日に第一版第一刷として発行された単行本がある。これを随時参照しながら、私の考えを述べてみたい。
どうやら、上に挙げた「戦争レクイエム3部作」というのは、黒木監督が「紙屋悦子の青春」の公開を待たずに2006年4月12日に急逝した後、4ヶ月後の公開の際に監督を偲んで上映会を、東京の岩波ホールと大阪のテアトル梅田で開催した際のプロモーションで名付けられたようである。
筆者は、このシリーズの作品を、手元のチラシから判断して、既に東京から居を移した後、大阪のテアトル梅田で観たようだ。
「美しい夏キリシマ」や「紙屋悦子の青春」も、専ら内地に住む軍人では無い、非戦闘員の市民の目線からの戦争映画と呼ぶことが出来ようが、ここでは特に感銘を受けた「TOMORROW/明日」について、述べる。
この映画は、佐藤忠男(以降、敬称略)の上掲書籍中で紹介されているように、『一九四五年八月九日に長崎に原子爆弾が投下された、その前日の八月八日に長崎の爆心地となるあたりに暮らしていた一般庶民数十人の日常的な生活を描いたものである。