人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第43回 (1/2ページ)

週刊実話

 「いいんだ。佐藤(栄作)政権の泥はオレが全部かぶる」。こうして、佐藤政権の絶対ピンチを救った田中角栄。佐藤首相は続出する閣僚らのスキャンダルで野党から「衆院を解散して国民に信を問うべき」の猛攻を、田中幹事長らを更迭するという手で辛うじて解散を振り切った。解散・総選挙となれば自民党の惨敗は自明の理、“トカゲの尻尾切り”で政権の延命を図ったということだった。
 幹事長を辞めた田中は、砂防会館の個人事務所で過ごす時間が増えた。「オレは忙しい」と皆がやる麻雀などはやらず、趣味に近いのは唯一、将棋。後年もよく事務所を訪ねてくる小沢一郎や梶山静六らを相手にした。「セッカチの角さん」らしく一局15分ほどの“スピード将棋”で、優勢だと扇子を片手にハナ歌も出たが、劣勢となるとしきりに「切ない。切ないねェ」を連発するのが常だった。負けず嫌いらしく、負けると勝つまで必ず「もう一番ッ」であった。

 そんな折、生涯のもう一つの趣味となるゴルフと出会うことになる。佐藤首相の子息の佐藤信二(元通産大臣)が、こんな証言をしてくれたものだった。
 「親父(佐藤首相)が一番初めに勧めたんだが、田中さん『ワカッタ、分かりました。そのうち』と言いつつ、陰では『あんなもん、オレは絶対やらん』と言い張っていた。ところが、一度コースに出てからはすっかり病みつき、後には『世の中でゴルフくらい面白いもんはないッ』と言い放っていた。後は田中さんの性格通りで、何事にもやるとなったら一生懸命、全力投球、『やるからにはシングルを目指すッ』と意気込んでいた」

 一度コースに出てゴルフが面白いと知った田中は、秘書に命じていわく「ゴルフ関係の本をありったけ買ってきてくれ」だった。ここでも、取り組む物事すべからく中途半端が許せないという田中の性格が出ていた。結局、秘書は書店を歩き回り、入門書、実用書、歴史書、ゴルフ雑誌を買い集め、「積み上げると優に1メートル、重さは3貫目(約11キログラム)もあった」そうだ。
 その上で、TBSゴルフスタジオに通い、3カ月レッスンプロの指南を受け、毎日“脅威”の600発の打ち込みに励んだのだった。ためか、ゴルフを始めて半年でハンディ18までいった。

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