火葬が一般的であるにも拘らず敢えてそれを拒否した人達が歴史上存在した (2/2ページ)

心に残る家族葬

なぜ、特に皇后にこうした火葬拒否の動きがあったのかは、残念ながらまだ不明である。

■最後に…

更には、定子の夫一条天皇も、土葬を希望していたという記録もある。但し、願いは叶わず、結局彼の遺体は火葬された。その理由は幾つかある。しかし、最も大きな理由は、一条天皇は重病のため助かりそうにない状態になった時に、緊急に従兄三条天皇に譲位し、形の上では「上皇(退位した天皇)」として亡くなったからであった。

平安時代の最盛期、「現役の天皇」として亡くなった天皇は、一つには「穢れ」を防ぐためもあり、土葬されることとなっていた。一方、既に退位した上皇の場合は、そうしたタブーが若干薄らぐとされたらしく、火葬されるケースが一般的だった。

ただ、当時は一条天皇の例のように、現役の天皇が健康を害し、助かりそうにない場合は緊急に後継者に譲位し、形式上はあくまで、「上皇」として亡くなったことにされるケースが大半であった。この時期の、天皇よりも皇后の土葬率が高いのは、一つにはそのためであった。

参考文献:民衆生活の日本史・火、 天皇と葬儀 日本人の死生観

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