「餓鬼」とは元々死者を意味していた。「餓鬼」の意味や歴史を調べてみた。 (1/4ページ)
餓鬼とは何だろう。誰だろう。漢字ではなく、カタカナで表現される「ガキ」は、「ガキ大将」、ダウンタウンの人気番組、『ガキの使いやあらへんで!!』、またはちょっと乱暴な大人が子どもに対して言う、「ガキが生意気に!」などであれば、未熟、乱暴、無知、礼儀知らずの「子ども」、または「子ども」ゆえに、未熟、乱暴、無知、礼儀知らずであることを指す言葉として、我々も無頓着にその言葉を目にし、耳にし、時に口にすることもあるはずだ。しかし本来の漢字で書かれる「餓鬼」とは、何、誰のことを指しているのか。
■古代インドで生まれた「餓鬼」は「逝きし者」「死んであの世に赴いた人」を意味していた
「餓鬼」とは、古代インドのサンスクリット語で「Preta」、パーリ語で「Peta」と言い、もともとは「逝きし者」「死んであの世に赴いた人」、つまり死者を意味するものだった。そしてその「死者」は子孫の供え物を期待している「祖霊」という意味が加わった。
パーリ語による最古の仏教経典のひとつとされる『餓鬼事経(がきじきょう)』によると、例えば、以下の話しがある。
釈尊の前の時代、コカッサパ仏の時代に、ある比丘(びく)が身業(しんごう)はよく慎んでいたが、口業(くごう)を慎まず、他の比丘たちをなじってばかりいた。彼は死後、地獄に生まれ、釈尊がおられない一時代分、地獄で焼かれ続けていた。釈尊の時代になって、その比丘は地獄で死に、餓鬼に生まれた。そして飢えと渇きにさいなまれながら、王舎城(おうしゃじょう。マガタ国の首都)の近くの霊鷲山(りょうじゅせん)をさまよっていた。そのとき釈尊の弟子・ナーラダ尊者が、体は金色の輝いているものの、口だけが豚の口である餓鬼を見つけ、何をしたのかを問いかけた。するとその餓鬼は自分の身の上を語りつつ、「口による悪業をなさいませんよう」と訴えた。釈尊にその話しをしたナーラダ尊者に対し、釈尊も、その餓鬼を見たことがあると言い、口の悪業の不利益と口の善行の利得を説いたという。
■「餓鬼」が古代中国に伝わると…
『餓鬼事経』には、このような餓鬼の悪因苦果を説く物語が全体の半数を占め、それを聞いた人が悪行を控え、善行を積むように目されていたことが推察される。