流行色は歌舞伎から…。江戸時代の女性ファッションはどのように楽しんでいた? (1/2ページ)
江戸ファッションの楽しみ方
町人文化が花開いた元禄時代以前、庶民が使っていた帯はおよそ5寸(15㎝)幅で模様もさほどなくシンプルなものでした。結び方も現代のようにたくさんあるわけではなく単純で、帯で遊ぶことができない分、着物は柄物で派手なものが多かったそう。
しかし18世紀になり不況期に突入し、8代将軍・吉宗は享保の改革を推し進め、贅沢を禁止するいろんな法令が発令。もちろん女性のファッションにも大きな影響があり、華やかな色や柄の着物は廃れることになりました。代わって、花色や鳶(鳶)色などの地味な色が流行しました。花色というと淡い色や明るい色をイメージしがちですが、実際はやや淡い藍色。鳶色は鳥のとんびの羽色のような茶色で、どちらも控えめな色味でした。
鳥居清長「雪月花美通の色取 雪」
流行色は歌舞伎から当時のファッションの流行はどこから生まれたのでしょうか。着物の柄、着こなし、色などは、庶民の娯楽、歌舞伎の舞台から火が着いたものもあったようです。役者が好んで使った色イコール庶民の流行色でした。歌舞伎から様々な流行色が誕生し、それらは着物にも活かされたのでしょう。
例えば、団十郎茶は初代市川団十郎が使った渋柿で染めた茶色です。また、江戸紫は歌舞伎の演目「助六」の鉢巻の色から来ています。主役の助六は江戸っ子が憧れる人物像でもありました。