「文学的失語」に見舞われた芥川賞作家 6年ぶりの新作を語る(1) (2/6ページ)
今回の本に収録されている「無声抄」という作品の中に、何百枚も書いた長編小説に納得がいかず、そこまで書いたものを「全選択」してデリート(消去)してはまた元に戻すという自虐行為を繰り返す小説家が出てくるのですが、当時の僕そのものです。
――「次は自分らしくない恋愛小説を」とおっしゃっていたのはよく覚えています。しかし、何年にもわたって書けないというのは大ごとですね。諏訪:そうですね。結局その作品はみずから発表を断念したのですが、そのショックが大きくて「自分もここまでか」と思うようになってしまったんです。僕は十年以上前に双極性障害になってから、自己同一性や文体的な「自分性」が年を経るごとにとらえられなくなってきました。あとがきのとおりで、自分の「身体」「文体」が長く統一できないのです。
それで、長編小説はどうも書けそうにないと思って一度リセットし、何でもいいから書いてみようとしたのですが、その頃にはもうどんな言葉を書けば小説の言葉になるのかがわからなくなっていました。当時、中日新聞で「偏愛蔵書室」という文芸批評の連載を持っていたのですが、批評のように他人の書いたものを読んで所感を述べることはできるんです。でもまっさらな白紙を前に自分で何かを作り出すとなると、まったく言葉が出てこない。
僕は吃音があったり、若い頃に精神的に失語になったりしたこともあって、「言葉の不能者」とりわけ「声の不能者」という意識が昔からありました。デビューして4年くらいは思い出すことが少なかったのですが、小説が書けなくなってしまったことによって、その苦しい意識がまた自分に浸透してきた感覚がありました。
「恋愛小説」という、自分にテーマを課す形で書き始めた作品が書けず、何でもいいから書いてみようとしても書けない。それはもう、自分の中に小説の言葉がなくなってしまったということだと。それを認めるのが怖くて、本を読んでは批評の連載の原稿を書いて、というのを結局4年以上も続けてしまいました。
――どうやってその状態から脱出したのでしょうか。諏訪:「偏愛蔵書室」の連載も4年2か月で自ら区切って、他に講演や大学の仕事からも離れ、その時やっていた兼業を一旦やめて、とにかく小説を書くしかない状況を作りました。