天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 三木武夫・睦子夫人(上) (2/2ページ)
ミカンは放っておけば、一度に10個、20個とたいらげてしまうのだが、皮は放ったらかし、加えて、口に残った袋を片っ端からペッ、ペッとやるから、テーブルの上はいつも戦場のごとし」
「チョッキのボタンは、段違いにかけることも少なくなかった。一人娘の紀世子が『パパが一番上のを間違えたからよ』と指摘すると、『一つしか間違わなかったのに、なぜ全部違ってしまったのか』と嘆いた」
「朝、睦子夫人が靴下を差し出す。すると三木は『なんだ。この靴下はおかしいんじゃないか』とクビをかしげた。カカトのほうを、上にはいてしまったのだった」
「三木の“電話魔”ぶりは有名だったが、番号を覚えていたのは自分の家くらいのものだった。ために、三木が電話をかけるときは必ず睦子夫人が大型ノートの電話番号控えを持って来、夫人自らダイヤルを回すのが“役目”だった。その間、三木は腕組みをしながら、当然といった顔をしている。色紙などの揮毫も同様で、墨は決して自分でするものではないと思い込んでいた」
ついには、どう接したら子供が喜ぶかが分からず、娘の紀世子が20歳になったとき、「相撲を取ろうか」とやって逃げられたこともあったのである。
かく、日常生活は不器用そのもの、“ダメ男”丸出しだっただけに、睦子がタイヘンだったことは言うまでもなかった。どんな女性だったのか。三木の私設秘書を長く務め、夫人の姿を知る元産経新聞政治部記者だった荻野明己が、実像をこう語ってくれたことがある。
「夫人は、じつはいろいろな持ち味を兼ね備えた女性です。お嬢さん気質もあって屈託なく、性格はおおらか。ためか、三木に対する非難、中傷を耳にしても、当座はあからさまに腹を立てることがあっても翌日はケロリとしている。また、ズケズケ物を言うから、人によっては誤解も買うが、じつは腹には遺恨めいた陰湿なものは何もない人でもある。本音と建て前の使い分けもしません。そうした一方で、“親分性”たっぷりの女丈夫でもある。
夫妻を見ていると、夫人は常に三木の仕事を第一に念頭に置いているのが分かる。しかし、三木に対して単なる夫唱婦随ということでなく、クールというのか、非常に冷静な愛情を注いでいるのもよく分かる。私が見る限り、夫人は三木に天下を取らせることに、限りない夢を持ってきた人に見える。夫人の存在なくして、三木の政治家としての大成はあり得なかったと見ています」
こうした睦子の“大物”ぶりは、実家が天皇家ともつながる名門中の名門だったことと無縁ではなかった。=敬称略=
(この項つづく)
小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。