再生紙がその昔「還魂紙(かんこんし)」と呼ばれていた理由と当時の紙事情 (3/4ページ)
景戒のような僧侶が行ったわけではなく、貴族であった藤原多美子が「還魂紙」で写経を初めて行ったかどうかは、今となっては確実なことは言えないが、このことが後世に語り伝えられることを目的とした、当時の歴史書に何度も書き残されていたことは、特筆に値する。
また多美子は、天皇が書き記した紙だけではなく、その遺髪をも漉き込ませていたという説もある。世間全般に広く定着することはなかったが、そのような紙を用いて法華経などの書写がなされていたものは「毛髪経」と呼ばれていた。更に紙を漉き直すばかりではなく、故人が生前に書き記した紙を集め、その裏側に雲母を引き、細かく砂をまいた後、金の罫線を施して写経することもあったという。
■現代における紙の再利用事情とデジタル化
現在の我々が紙の再利用というと、新聞がかつてより読まれなくなったとはいえ、新聞紙は60%以上が再生された新聞古紙パルプが原料である。また、新聞紙よりも色の白い印刷用紙などの古紙は主に、トイレットペーパーに再生されていることなどしか思いつかない。しかし仏教に対する信仰心が現在の比でなかった平安期においては、1.物の精霊 2.人間を見守り続ける、人間の精霊 3.体内から抜け出して行動する遊離霊 4.死後もこの世にとどまって見守る精霊 など、「魂」の語義そのままが反映した「還魂紙」、すなわち亡くなった人の書き損じや、時に遺髪すらも漉き込んだ紙でお経を写し、供養の祈りを捧げていたのである。
現在の我々が当時の人々のように、写経のみならず、亡くなった人の書き損じや遺髪を用いて再び紙を作ることはとても難しいことかもしれない。だが、たとえ西洋紙であっても、供養のための何らかの特別な再利用ができないものか。デジタル化が進み、「紙」を用いることが以前に比べ、格段に少なくなった今だからこそ、痛切に思う。