江戸時代からあった言葉「バカチョン」が差別用語になった経緯 (2/2ページ)
「1975年2月、エジプトから帰国した三笠宮崇仁親王がNHKに出演した際に『バカチョンカメラを持っていくべきだった』と語ったことで、抗議を受けたことがあります。だからすでに1970年代には“差別語”として定着していたと思われます。1970~1990年代は、左翼陣営が保守・右翼陣営を圧倒していた時代であり、村山富市内閣の江藤隆美総務庁長官(当時)が『日韓併合=朝鮮統治時代』を『日本はよいこともした』と記者クラブでオフレコ発言し、1995年11月に長官を辞職したケースがあるほどです。また日本海沿岸で起きていた拉致も北朝鮮の仕業ではないかとの噂が広がっていましたが、大政党だった社会党などの左翼陣営の抗議の前に打ち消されています」(政治ライター)
また、当時はこんな時代背景もある。「♪カラスなぜなくの~」で有名な童謡『七つの子』が“強制連行された朝鮮人の歌”だったと主張したのは、タレント、随筆家、放送作家で作詞家の故・永六輔氏である。永氏は「童謡『赤い靴』の赤はソ連の事であり、社会主義が消えてしまったと歌っている。童謡『あの町この町』は、戦争の方向に向かう日本に引き返すことを勧めている。そして童謡『七つの子』は、強制連行されて炭鉱で働く朝鮮人への同情心をうたったものである」と主張した。
しかし『七つの子』については、野口雨情が作詞、本居長世が作曲し、1921年に雑誌『金の船』に発表されたものだから、朝鮮人の強制連行がなされたとされる時代よりはるか以前に作られた歌だ。前述の三笠宮崇仁親王の発言以外にも、以下のような騒動があった。
1981年5月:テレビ朝日系放送の『日曜洋画劇場 がんばれベアーズ』で「バカチョンどもに負けていいのか!」という表現に対し、視聴者から抗議 1987年1月:アニメ『超人戦隊バラタック』がKBS京都で放送された際、数カ所に「バカチョン」の台詞があり、抗議の電話。 1988年4月:日本テレビ系『11PM』で、ゲストの女優三田佳子が「バカだのチョンだのと言われていじめられた」と述べ、司会の藤本義一(故人)が番組内で「不適当な発言がありました」と謝罪「バカチョンという言葉がマスコミ各社で、いつから自粛されるようになったのかははっきりしていません。1970年代から抗議例があり、1980年代には謝罪事例があることから、少なくとも21世紀以前には自粛されるようになったようです」(放送作家)
知識人やマスコミ、左翼政党が朝鮮半島に忖度した結果が、今日の拉致問題(対北朝鮮)や、日韓合意破棄(対韓国)につながったと言えまいか。
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