2018年は明治150周年...いや、戊辰150周年 会津若松市の「戊辰」へのこだわり (2/2ページ)
「かつての藩士の子孫の方やなどもおられますので、『戊辰』という言葉に思い入れがある方も少なくありません。市全体で取り組んでいる事業ですので、そうした方々の思いも汲み取る必要はあるかと考えています」
ツイッター上でも、会津若松市民と思われるユーザーなどから、「戊辰」へのこだわりを感じさせる投稿が見られる。また、異なる視点から歴史を振り返るきっかけになるという声も見られ、戦史研究家の山崎雅弘さんも、明治観を捉え直すいい機会ではないかと指摘していた。
なんとなく「明治維新150年」という言葉を使ってしまうが、福島など「賊軍呼ばわり」された側では「戊辰150年」と呼んでいる模様。150年という節目は、日本人がなんとなく「そういうもの」だと信じ込んできた薩長視点の明治観を、ひとつずつ点検していく良い機会だろう。多面的にあの時代を捉え直す。 pic.twitter.com/HC8dBLSNEV
- 山崎 雅弘 (@mas__yamazaki) 2018年1月30日
戊辰150周年に関する記念事業は会津若松市だけでなく、福島県内では二本松市(かつての二本松藩)や白河市(かつての白河藩)も取り組んでおり、二本松市の「戊辰の役150年事業」ではロゴマークに「二本松少年隊」の隊士の姿が用いられている。
また、戊辰戦争といえば仙台藩や米沢藩などが加わった奥羽越列藩同盟や、会津藩と同盟を結んでいた庄内藩など、東北の他の自治体も関係してくるが、具体的に会津若松市がこれらの地域と連携してイベントや事業に取り組む予定はないという。
東北ではないが、すこし変わったところで岐阜県郡上市にある「郡上八幡城」では「凌霜(りょうそう)150」という表現を使用している。これは郡上市にあった郡上藩が新政府に恭順したものの、一部の藩士が脱藩し幕府側に参加するために結成した「凌霜隊」に由来しているようだ。
明治、戊辰、言い方は異なるが歴史の大きな節目となった時だったことは確かだ。これをきっかけに、150年前の地元の歴史を辿ってみても面白いかもしれない。