関脇の次は大関! 栃ノ心「力士である限り“上”を目指す」 (2/5ページ)
栃 ケガは右ヒザの前十字じん帯の断裂だったんですが、今もじん帯はつながっていないんです。手術して入院しているときは、テレビで大相撲中継を見るたびに、「もう無理でしょ?」と辞めることばかり考えていましたし、番付も幕下55枚目まで下がってしまった。でも、退院して土俵に上がれるようになると、徐々に気持ちが前向きになっていったんですね。休場から8場所後に、幕内に返り咲いて、敢闘賞をいただいたときも、うれしかったなぁ。でも、昨年の初場所で同じ箇所を痛めてしまって、途中休場。相撲は体があってのこと。本当にケガは怖いと思います。これからも、うまくつきあっていくしかないんですけどね。
■大ケガからの見事な復活 ――さて、初場所を振り返ってみたいと思います。4日目、高安関、5日目には豪栄道関と2大関を立て続けに破り、前半から好調さが際立っていましたね。
栃 そうですね。初場所は場所前から、(負傷した)右ヒザの調子がよかったんですよ。それが、好調の理由なんですが、実は昨年の秋からヒザの具合が思わしくなくて、10月の秋巡業は休場したんです。たまっていたヒザの水を病院で抜いて、ちょうどその期間は、春日野部屋の合宿があったので、ウォーキングしたりして、体は動かしていたんですが、九州場所に出られるかどうかも微妙だったんです。水を抜くとヒザの周りの筋肉が落ちてしまうので、不安もありましたし。なんとか九州場所は乗り切ったんですが、12月の冬巡業もあまり稽古ができなかった。ところが、1月の初場所が始まる1週間くらい前から、ヒザの動きがよくなってきたんです。
――少し不安から解放されたということですね。
栃 大きかったですね。それで6日目まで全勝でいって、7日目には同じく全勝の鶴竜関には負けてしまったけれど、波に乗っていけたんだと思います。
――9日目には165キロの御嶽海関を豪快な吊り出し。そして11日目、全勝の鶴竜関が敗れたために、1敗で横綱に並びます。
栃 今、振り返ってみると、この頃から優勝を意識していたのかもしれませんね。ヒザの調子を考えれば、初場所は勝ち越し、あわよくば10勝できればいいな、くらいに考えていたんです。