歴史に秘められたニッポンの「陰謀論」を解け!(1)三億円事件とロッキードの二大異聞 (1/2ページ)

アサ芸プラス

歴史に秘められたニッポンの「陰謀論」を解け!(1)三億円事件とロッキードの二大異聞

 陰謀とは「ひそかにたくらむ悪いはかりごと」であり、さらに「人に知られず練る計画」でもある。歴史の表舞台だけでなく、節目節目に登場するのが、魑魅魍魎が跋扈する「陰謀論」という名のファンタジー。今、再び注目を浴びている「俗説、通説のウラ側」を独自の視点により、徹底解読する。

 すでに70年を超えた「戦後」だが、今なお解けない二大事件が「三億円」と「ロッキード」であろう。迷宮入りの背景にあるものとは‥‥。

 ちょうど50年前、昭和43(1968)年12月10日、日本中が驚嘆した。戦後最大のミステリー「三億円事件」である。

 東京・東芝府中工場社員へのボーナスを運んでいた日本信託銀行の現金輸送車が、ニセ白バイの命令で停止させられる。輸送車にダイナマイトが仕掛けられている、と告げられたために輸送車から離れたところ、ニセ白バイ隊員が輸送車を運転してそのまま逃走してしまった。真犯人は今なお行方知れずだ。

 真犯人説は複数ある。根強くささやかれているのが「白バイ隊隊員息子説」である。

 犯人は白バイを熟知した若者であり、「警視庁白バイ隊隊員の息子ではないか」という説が事件発生時から湧き上がった。事件から5日後、自宅で青酸カリを飲んで自殺したことも、真犯人説の疑念に拍車をかけた。

 何度も現地を取材したノンフィクション作家・本橋信宏氏が言う。

「戦後最大の誘拐事件・吉展ちゃん事件を解決させた名刑事の平塚八兵衛によると、隊員の息子はシロになる。三億円犯人が事件発生前に執拗に金融機関に脅迫文を送ってきた時期、隊員の息子は鑑別所にいたのでアリバイが成立する」

 陰謀説の中に「公安警察犯行説」がある。当時、過激派の街頭闘争が吹き荒れ、警視庁は事件現場である三多摩のアパートに多く住む学生活動家を洗い出すために、あのモンタージュ写真とともに、ローラー作戦の口実を作ろうとしていたというのだ。

 実際にローラー作戦は空前絶後の規模で行われた。

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