弟のピンチに取った行動とは?室町時代を築いたレジェンド・足利尊氏の生涯に迫る!その3 (1/3ページ)

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弟のピンチに取った行動とは?室町時代を築いたレジェンド・足利尊氏の生涯に迫る!その3

前回、足利尊氏が鎌倉幕府を倒して後醍醐天皇の重臣となるまでをお話しました。

鎌倉幕府を倒すも政治には無関心?室町時代を築いたレジェンド・足利尊氏の生涯に迫る!その2

建武の新政で不満を抱いた武士達が彼の下に集まるのは、政権側にとっては脅威となる出来事でした。今回は、その経緯を紹介します。

出る杭は打たれる!怒れるライバルの眼差しが尊氏に降り注ぐ

護良親王

武士に心服される名将であった尊氏には数多くのライバルがいましたが、この頃は同じ源氏の名門である新田義貞、そして後醍醐天皇の第三皇子であった護良親王(もりよししんのう)でした。朝廷を脅かし、混乱を招いていた武家政権を壊滅させたのに武士である尊氏が勢力を伸ばしている…これは、朝廷軍の武将として活躍した親王にとっては危惧すべき出来事だったのです。

護良親王は尊氏をけん制するために征夷大将軍として就任しますが、尊氏を倒さねば後の災いになると懸念し、彼を闇討ちする計画を立てます。しかし、それは尊氏に露見してしまい、今度は足利が反撃に出ました。

尊氏は親王の継母である阿野廉子(あののれんし)、そして後醍醐天皇に自分の無実を訴えてその保護を受け、防衛態勢を固めたのです。反対に、3人もの実力者を敵に回してしまった護良親王は1334年に失脚して捕まり、朝廷における尊氏排斥は沈静化したのでした。

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