「被災地を観光する」岩手県陸前高田市【前編】:傷跡から記念公園へ 原風景を失った街が目指す姿 (3/7ページ)
仮設住宅にはまだ多くの住民が残されている。 まだ時間が早いので、時間調整のため彼の住む家へと向かった。現市役所から数分の高台の上にある市立中学校の校庭に建てられた仮設住宅に、彼は住んでいる。1Kの広さの簡素な部屋だが、最低限の生活家電や暖房器具などが貸与されていた。殺風景な単身赴任世帯の部屋の壁に大きな地図が貼ってあった。陸前高田市の市街図である。
「眺めていると地理が頭に入って役に立つかなと思って来た時に貼ったんだ」。彼は恥ずかしそうに言った。
「少し休んでから奇跡の一本松を観に行こう」。握り飯を齧ったわたしは、夜行バスでの寝不足も手伝い、いつの間にか眠りに落ちた。
被災地の傷跡を巡る観光
旧陸前矢作駅周辺で分断された鉄道路線。現在、陸前高田市までは別ルートで軌道を利用したバスが運行されている(BRT) 奇跡の一本松から津波の襲った海を眺める。海からは小さい入江のようなかたちで水路が伸びており、その周辺はあまり整備されることもなく震災後の面影を残している。松の遠方には廃墟と化している宿泊施設があり、そのまた向こうに、震災後新たに建設中の巨大な水門が見える。
公園というほどには整備されていない空間を少し歩くと、コンクリート製の巨大な橋桁のようなものが見えた。これも震災遺構だ。津波被害のひどかった中心部を嵩上げするために、市内西部の山を削り巨大なベルトコンベアで土砂を運搬していた時の橋桁だという。
勝典さんが陸前高田を初めて訪問した折、何本も連結された巨大なベルトコンベアが作動している風景を目にした。