「被災地を観光する」岩手県陸前高田市【前編】:傷跡から記念公園へ 原風景を失った街が目指す姿 (4/7ページ)

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それは東北赴任ではなく、まるでSFの世界に飛び込んでしまったかのような錯覚に陥った、と言う。

周辺を歩く。観光地というほどには設(しつら)えられているわけではない。幾人かの観光客らしき人物と、工事用の鉄パイプで仕切った細い通路ですれ違った。正直、いままで見たこともないような不思議な光景が目の前にある。人の「生き死に」を感じるのかと身構えたが、そういう感じではなく、まるでスクリーンを眺めているような、強烈だが平板な風景だ。忘れがたい観光地だ、わたしはそう思った。

陸前高田の震災遺構は、そこで死者が出ていないことが設置の条件になっている。多くの犠牲者を生んだ場所を「鎮魂的」に残すのではなく、災害を忘れないための「視覚的」効果としていくつかの場所が保存される。まだ午前中の逆光のなかにそびえ立った震災遺構は神々しくもありまた寒々しくもあった。

被災地を見に来る。それはわかりやすい「傷跡」を感じに来る行為だ。この残酷とも取れる行為の是非は議論のあるところだが、自治体の「経営」上無視できるものでもない。現在、この場所は「記念公園」としてもう一度生まれ変わらせる計画が進行している。この場所が後年どのように評価されるのかはわからない。だが、より整備され設えられた観光地として、内外からの人々を待つことになるという。

現在のJR陸前高田駅(バス専用) 現在のJR陸前高田駅(バス専用) 任務遂行というやりがい

陸前高田の街の中心部は甚大な被害にあった。震災前のものはひとつとして残っていない。道さえも新たに付け替えられ故郷に帰省する人間さえも道に迷わせる。震災に強いまちづくりを目指し、陸前高田の人間たちが行ったことは、街を10メートル以上嵩上げし、街を一から作り直すということだった。

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