長嶋茂雄、野村克也も…プロ野球「感涙秘話」男たちの熱い涙の背景にある“物語”に迫る! (4/5ページ)

日刊大衆

「最初は歩行すら危ぶまれていたほどでしたし、治っても後遺症が残るかもしれないといわれていましたし、周囲から“現役は難しい”と囁かれていました。それでも吉村は諦めず、2回の手術を行い、1年以上もリハビリに費やしたんです」(スポーツ紙巨人担当記者)

 必死にリハビリをやり遂げ、89年9月2日、ついにその時がやってくる。「バッター、斎藤に代わりまして吉村」

 423日ぶりの打席に立つ吉村の姿に、スタンドからは揺れるほどの大歓声。「結果はセカンドゴロでしたが、“史上最も感動するセカンドゴロ”だったと思います」(前同)

 “ケガさえなかったら2000本安打は確実だったのに”と、周囲は後ろ向きなことを言ったが、吉村だけが前を向いた。信じ続けたからこそ、復活を遂げることができたのだろう。

■谷佳知のヒーローインタビューに涙

 10年4月2日17時40分頃のMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島。普段なら試合前で盛り上がっているはずが、騒然としていた。巨人の一軍内野守備走塁コーチを務めていた木村拓也氏が、シートノック中に意識を失い、倒れ込んでいたのだ。すぐに緊急搬送されたものの、診断はくも膜下出血。意識不明が続き、4月7日に息を引き取る。この訃報に、球界全体が悲しみに暮れていた。

 4月24日の広島戦。木村氏の追悼試合となったが、人一倍ショックを受けていたのが、木村氏と同級生でチームメイトの枠を超えて友人だった谷佳知。試合前に、「まだ信じられない。信じたくない。今日、ひと区切りをつけなければならないことは分かっているが、それでも僕には難しいです」と本音を漏らしていた。

 試合は3-2で広島がリードするが、巨人も8回裏に反撃を開始し、二死満塁のチャンスを作る。絶好の場面で打席に立つのは、「代打・谷」。球場全体のボルテージが最高潮になった中での4球目。高めに浮いたストレートを思いっきり振り抜くと、白球は左中間スタンドに消えていった。奇跡の「逆転満塁ホームラン」を放った谷は、一塁ベース上で珍しく感情を爆発させる。

 試合後のお立ち台に上がったのは、もちろん谷。

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