長嶋茂雄、野村克也も…プロ野球「感涙秘話」男たちの熱い涙の背景にある“物語”に迫る! (2/5ページ)

日刊大衆

もちろん吉田は、現役続行を懇願した。「代表には、“給料半減でもいいのでやらせてください”とお願いしました。体の不調もなく、スキルアップする自信もありましたから。ただ、41歳という年齢もありましたし、日頃からお世話になっている方々から“次のことを考えてもいいのでは”と言われ、引退することを決めたんです」(吉田氏)

 9月30日に引退を表明し、引退試合は10月4日。完全には気持ちの整理がつかないまま、9回からリリーフ登板し、現役最後の投球を終えた。そして最後の引退挨拶。吉田の口からあふれ出た言葉は、「まだまだ投げたい!」だった。虚をつかれた球場の観客は一瞬、どよめくが、次第に大きな歓声へと変わる。「あの瞬間に出てきた言葉でしたね。自分の中では納得できない部分もあって、あの言葉になったんだと思います」(吉田氏)

 南海からダイエーへの身売り、近鉄球団の消滅、楽天球団創設を経験するなど、激動のプロ生活を歩んできた吉田。20年間、600試合以上登板してもなお、悔いが残っているのだ。「酸いも甘いも経験してきた私ですが、優勝だけは経験していないんです。優勝したかったですね。今でも、ビールかけをしているのを見ると、羨ましく思いますよ」(前同)

 当時、楽天の監督は野村克也氏だった。吉田は引退するにあたり、野村氏に、あるお願いをしている。「私はずっとヒゲを生やしていたんですが、野村監督はヒゲを禁止にしていたんです。ですが、“引退試合だけはお願いします”とお願いしに行ったら、ギョロッと見られて怖かったですね(笑)。でも、最後は“お疲れさん”と言っていただいて、本当にうれしかったです」(同)

 現在、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスでコーチを務める吉田氏。「まだまだ投げたい」という思いは、若い選手に受け継がれていく。

■打席に立たせるには4人出塁

 持ち前の明るさで“記録よりも記憶に残る選手”だったのが、森本稀哲(日本ハム→横浜→西武)。

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