「会いに行ける」が格を下げた? マツコ・有吉“スター”について持論、ネットで物議 (1/2ページ)

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「会いに行ける」が格を下げた? マツコ・有吉“スター”について持論、ネットで物議

 25日に放送された『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)の番組宛に “なぜいまだに大型新人のことを「山口百恵の再来」と言うのか?”といった内容のメールが届き、“スターとは何か?”について熱いトークが繰り広げられた。

 1973年、山口百恵は中学生ながら映画『としごろ』に出演し、同名曲で歌手としてもデビュー。その後、歌手として『ひと夏の経験』『横須賀ストーリー』『いい日旅立ち』などのヒット作を連発。低めのトーンからささやくような歌声は、当時多くの者を魅了した。役者としてもTBSのテレビドラマ『赤いシリーズ』の常連となった。年齢を感じさせない大人びた雰囲気、芯の強さから湧き出る魅力は写真家・篠山紀信から「時代と寝た女」とも評された。夫で俳優の三浦友和とは80年11月に結婚。21歳という若さで芸能界を引退し、以降は一度もメディアに露出しておらず伝説化している。

 有吉弘行は番組の冒頭から「仕方ないよね、新聞読むのも記事作ってるのもジジィだから」と発言。マツコ・デラックスもこれに頷き、若くして引退した山口は、古い世代の記憶の中で「伝説になっちゃう」と共感を示した。

 また、番組では、実際にネットなどで言われている“山口百恵の再来”として、平手友梨奈(欅坂46)、石原さとみ、上戸彩、剛力彩芽を紹介。これにマツコは「誰が言ってるんの?これ」「関係者だろ?」とピン来ない様子。ある時からスターが“身近なもの”となり、スマホで写真を撮って簡単にSNSで拡散できる時代となったことで、「よく見つけたな」と感じる芸能人が生まれにくくなったと持論を展開した。

 “スターが身近になった”と言われ始めたのはいつ頃だろうか。1980年代、日本はバブル経済で景気も良く、華やかな芸能界の中でアイドルは特に輝きを放つ存在だった。しかし、90年代に入り日本の景気は下降線を辿る。J-POPが注目され始めたこともあり、アイドルは隅に追いやられてしまったと言われている。この“アイドル不遇の時代”は、90年代後半まで続いた。98年にモーニング娘。がデビューしたことで、ようやくアイドルが脚光を浴びるようになり、その後はアイドルグループが増えていった。

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