明治維新150年の今だからこそ知っておきたい幕末日本のスゴい取り組み(2) (3/4ページ)

新刊JP

ところが現実にはペリーが伊豆を通り越して浦賀沖まで入ってきてしまった。驚いた幕府は江川太郎左衛門に命じて江戸湾にお台場を築き、伊豆の韮山に反射炉を作ったんです。

――本書のテーマである「経済」についてですが、近代化によって日本の経済力はどれほど伸びたのでしょうか。

岡田:薩摩藩や長州藩、佐賀藩などは軍備を増強するために工業化を進めたわけですが、製鉄にしても造船にしても、設備を整えるためにはお金が必要ですから、自藩の産業を発展させました。

幕府の目があるからおおっぴらにはできませんが、薩摩などはこっそりと琉球や中国を相手に密輸もしていたようですし、島津斉彬などは工業化と並行して農業振興もかなりやっていた。江戸時代は今のように国からの補助金はありませんから、各藩は自力で藩を富ませないといけなかったんです。今で言う成長戦略であり、地方創生の先駆けとも言えます。

余談ですが、薩摩藩は鉄砲の弾を発射する起爆剤として大量のアルコールが必要でした。

アルコールの原料といえば米ですが、米は貴重です。だからサツマイモを使ってアルコールを作ろうと、サツマイモの栽培を奨励しました。それによって鉄砲で使うアルコールの他に、イモ焼酎の生産が増えました。それに合わせてイモ焼酎のにおいを抑える研究もしたそうです。今に繋がる薩摩の芋焼酎の元祖です。軍備を整えて、農業を振興させ、さらには食生活も豊かにするという、一石三鳥の知恵ですよね。

船も元々は軍艦が目的でしたが、次第に民生利用もされるようになって、民間の船も近代化されていきましたし、大砲の製造によって機械部品の製造や金属加工の技術が向上したということもいえます。こうした軍備増強の取り組みによって後の近代産業の基礎ができたところもあるんです。

大事なことは、経済力を高めることに成功した藩が明治維新の主役になったということです。

――今の時代に生きる私たちが、本書の中で書かれているような近代化に尽力した幕末の人々から学ぶものがあるとしたら、どのようなものだとお考えですか?

岡田:一つは「とにかく諦めないこと」です。

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