幼少期、鶏小屋でニワトリと一緒に育てられる。チキンガールと呼ばれた少女の悲劇とその真相(ポルトガル) (2/5ページ)

DiariodeNoticias紙の記事
・母親に重度の精神疾患があることが判明するものの...
この非人道的な牢獄から、マリア・イザベルが助け出されるチャンスは実は4年前にあった。1976年、少女のおばのひとりが、彼女の母親の行動の異常さに驚き医者に連れて行ったのだ。
コインブラの医師は、この母親は重度の精神障害で、入院・リハビリが必要と診断した。にもかかわらず、母親を受け入れる施設がひとつもなかった。いくつもの病院や精神療養施設に断られ、おばは母親を家族の元へ返すしか手段がなくなった。

マリアが閉じ込められていたとされるニワトリ小屋
・そしてようやく少女は助け出される
1980年に初めて、トーレス・ヴェドラス病院の放射線技師、マリア・ビシャオが少女のことをマスコミに暴露して、事態は正しい方向に動き出した。
ビシャオは病院のほかの看護士からマリア・イザベルの状況を知り、助けようと思いたった。
少女を自分の家に連れて行き、15日間共に過ごしたが、彼女にはプロの助けが必要だと気づいた。ポルトガルの首都リスボンのジャーナリストたちに連絡をとって、少女の置かれている状況、彼女の体と心に与える影響を伝え、世間の関心を集めようとした。
「マリア・イザベルが長年暮らしてきた状況で、生き延びられるとは誰も思えないでしょう。でも、もっとショッキングなのは、何年も前から非難されていたのに、これまでどの機関も解決に踏み出そうとしなかったことなのです」リスボンのジャーナリスト、マリア・カタリーナは語った。