田中角栄「名勝負物語」 第二番 福田赳夫(5) (1/3ページ)
田中角栄は多数派工作に拍車をかける一方で、打ち出すべき政策づくりにも腐心していた。
一つは、総裁選の半月ほど前に出版され、都合90万部を超える“政治本”としては異例のベストセラーになった『日本列島改造論』の出版準備であった。これはすでに記したように、その4年前、田中が自民党都市政策調査会長時代にまとめた「都市政策大綱」が原型になっていた。そのうえで、出版にあたってさらにこれに手を入れた。
その指揮官は、のちに通産省事務次官となる当時の田中通産大臣秘書官だった小長啓一である。小長を補佐したのは、田中の秘書だった早坂茂三(のちに政治評論家)であった。
小長は、通産省からとくに優秀な課長クラスの官僚をピックアップし、出版元となる日刊工業新聞の記者6人ほどとともに執筆陣とした。若き官僚の一人には、のちに作家として活躍することになる「堺屋太一」もいた。
もとより、田中自身も集まりに顔を出し、政治哲学としての持論を展開、内容に厚みをつけた。「何でも東京へという人とモノの流れを地方に逆流させる。どこに住んでも、誰もが一定以上の生活ができるようにせにゃならんッ」などと、熱弁を振るった。こうした田中のレクチャーは、おおむね通産大臣室の大テーブルを囲んで行われ、計20時間以上に及んだとされている。田中の意気込みが、知れた。
もう一つの政策の開陳は、総裁選直前に発表する「私の十大基本政策」と題した政策綱領であった。「世界の平和に運命を賭ける」と謳ったその内容のいくつかは、次のようなものであった。4つほど挙げてみる。
(1)世界の潮は、平和共存と国際協調に向かっている。日本立国の基礎は、世界のどの国とも仲よくしていくこと、すべての国が平和のうちに共存できるよう全面的に寄与することの二点である。
(2)わが国は軍事大国の道を求めるべきでなく、日本国憲法第九条を対外政策の根幹にすえる。
(3)日本は将来にも核兵器を持つべきでなく、非核三原則をつらぬく。さらに進んで、日本は人類共滅兵器を廃絶する先頭に立つ。
(4)わが国の自衛隊は日本列島の守備隊であり、将来とも徴兵制や海外派兵は行なわない。