ベストセラーを生み出す編集者・柿内尚文 その目が見据える出版社の行き先とは? (2/5ページ)
――希望した部署に就けなかった。
柿内:そうなんです。希望した部署につけなかったことが、後々自分の仕事人生にとって大きな影響を与えているんですが、もちろんその当時は知る由もありません。就職して一番驚いたのは、個性的ですごい人がたくさんいたことです。自分がいかに凡人なのか、ということを思い知らされました。僕の仕事人生はここからずっと「凡人」というキーワードがついて回ることになるんです。
仕事は正直きつかったです。学生気分が抜けないまま就職したことがその理由なんですが、仕事は嫌で嫌で、結局2年で辞めてしまいました。なるべく残業しないように、休日出勤もしないように。でも、どうしてもしないといけないときがあるので、そのときは人生に負けた気分で仕事に出ていました。
――広告会社を辞めたあと、次は出版業界に移ります。柿内:4ヶ月くらいフラフラしていましたね。それで、そろそろ就職しなきゃというところで、編集者だった父親の生活がすごく自由そうに見えていたし、雑誌も好きだったので、出版業界に行こうと。
転職したのはぶんか社です。そこに5年くらいいました。当時『ペントハウス』という雑誌の日本版を創刊するタイミングで、ちょうど人を集めていたところだったんです。
――ぶんか社での仕事はいかがでした?柿内:それが結構肌に合ったんですよ。創刊に向けて会社はすごく勢いがあって、雰囲気も自由で、毎日がお祭りみたいな感じでした。
――出版業界に入ってまず驚いたことは?柿内:自分が考えたことがそのまま雑誌の企画になることですかね。とにかく自由を感じました。
――当時、先輩や上司の編集者から教わったことで、今に活きていることはありますか?柿内:直属の先輩が指導してくれたんですが、その先輩がとにかく僕の出すアイデアを全部否定するんです。ただ、そうなると別のアイデアを考えるじゃないですか。それをまた否定される。そのことがすごく勉強になりましたね。この視点がダメなら、別の視点。