高倉健と松田優作「俳優2大カリスマ」30年目のアウトロー秘話 (6/6ページ)
日本テレビの『探偵物語』(79年)で知り合った熊谷美由紀と83年に再婚する。「私生活の大きな転換期に、鈴木清順監督の『陽炎座』(81年・日本ヘラルド映画)、森田芳光監督の『家族ゲーム』(83年・ATG)、『それから』(85年・東映)に出演。松田が演技派へ転身し、性格俳優といわれるようになった作品です」(前出の映画ライター)
■ハリウッド映画『ブラック・レイン』で初共演も…
尊敬する俳優は「ロバート・デ・ニーロ」と口をそろえる高倉と松田は、米国映画『ブラック・レイン』(89年・パラマウント映画)で初共演を果たす。松田の遺作となった映画だ。「マイペースで映画に出演する高倉に対して、もっと映画に出るべきだと松田は不満を持っていたようですが、共演して健さんの人間力に魅了されます。松田が“一緒に記念写真を撮ってください”と言って、カメラを差し出した唯一の俳優が健さんです」(前同)
高倉の自著『あなたに褒められたくて』に、〈撮影終了前に、主演のマイケル・ダグラス主催の食事会に高倉と松田が招待され、『サバイバル・フロム・ブラックレイン』とプリントされた黒いTシャツをプレゼントされた〉と記されている。
映画の撮影中に血尿が出るなど、松田は病魔と闘いながらクランクアップ。しかし、病状は深刻だった。『ブラック・レイン』の日本公開から1か月後の89年11月6日、膀胱がんで急逝。享年40(戸籍上は39歳)だった。「念願のハリウッド映画に出演し、国際映画スターとしての活躍が期待されていた矢先の訃報に、関係者は大きなショックを受けました」(映画関係者)
一方、高倉が悪性リンパ腫で逝去したのは14年11月10日(享年83)。高倉プロから正式に発表されたのは亡くなってから8日後だった。「俳優仲間が誰一人いない、一部の関係者による密葬でした」(高倉プロ関係者)
圧倒的な存在感とストイックな演技で、一時代を築いた高倉健と松田優作。両雄は、今も日本人の心の中に生き続けている。