平和な世にヒゲは要らぬ!?武士からヒゲが一掃、江戸時代の「大髭禁止令」とは (4/4ページ)

Japaaan

脇差は壱尺八寸を限とすべし。大鍔。大角鍔。朱又黄の鞘。又大撫附。大額。大そりさげ。大髯。さきざき停禁せられしかど。頃日いさゝかみゆれば。再び触示さるゝとなり」
※『大猷院殿御実紀巻六十一』より

二回目では刀や脇差の長さも厳密に規定しており、これで「大刀は禁止と言われたが、それがしにとってこの刀は小さいのだ!」などという、主観的な言い逃れを封じたのでしょうか。

また、ヒゲについても「下鬚(あごヒゲ)」から「大髯(口元全体を覆う男むさいヒゲ)」と規制対象を広げ、口ヒゲ(髭)や頬ヒゲ(髯)までも禁止。

何が何でも「ヒゲはダメ!」という当局の意志が伝わってくるようです。

それにしても、さきざき禁令が出されたにも関わらず、あまりにみんなが守ってくれないからもう一回出す……という辺りに、良くも悪くも牧歌的な江戸時代の空気を感じます。

幕府の顔も三度まで……ついに出された「大髭禁止令」!

伝・狩野安信「徳川家綱肖像」17世紀。当人が大のヒゲ嫌いだったという噂も。

そこまで言っても守ってくれたりくれなかったり、戦国乱世も半世紀の彼方へ消え去ろうとしていた頃。

江戸幕府の将軍も四代目・徳川家綱がいよいよ「大髭禁止令」を発布。

この取り締まりは非常に厳しかったそうで、大名・旗本・御家人など武士という武士からヒゲが一掃。自由気まま?な浪人だって、仕官したければヒゲを剃るよりありません。

かくて武士の理想像は「戦いを生業とする益荒男」から「文能に長け、洗練された官吏」へと変容を遂げていったのでした。

終わりに

良くも悪くも「温厚で柔和」と評される現代日本人の気質が培われたのは江戸時代と言われますが、かつて武士たちからヒゲを奪うことでその荒々しさを消さしめたこともまた、その一因と考えられます。

しかし、かつて「野蛮」と否定された戦国武士たちの精神や振舞いにも、往時から変わることのない倫理や道徳、矜持や美学があり、その中にもまた、私たちが学ぶべき生き方が隠されているように思われてなりません。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「平和な世にヒゲは要らぬ!?武士からヒゲが一掃、江戸時代の「大髭禁止令」とは」のページです。デイリーニュースオンラインは、武士サムライ江戸時代ヒゲカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る