武田信玄の「喧嘩両成敗」に異議アリ!武田四天王の内藤修理が訴えた「男道」の精神 (3/5ページ)

Japaaan

しかし、もし命惜しさに理不尽な仕打ちも泣き寝入りするような腰抜けばかりになっちまったら、面倒ごともなくなって結構に思えるかも知れませんが、御屋形様にとって、これ以上の損失はありません」

【原文】「御用に可立(たつべき)者は老若によらずたがひ(互い)の義をば堪忍仕るべし但し不足をあたへられてもおめおめと堪忍仕るほどの者はさのみ御用にも立つまじく候左候(さにそうろう)て諸人まろ(丸)くなり何をも堪忍いたせと上意においてはいかにもぶじ(無事)にはみへ申すべく候雖然(そうらえども)それは大なる上(樣)の御損なり……(後略)……」

歌川芳虎「甲斐二十四将ノ内 内藤修理正昌豊」天保年間。右下の武将は山本勘助晴幸。

「武田信玄の「喧嘩両成敗」に異議アリ!武田四天王の内藤修理が訴えた「男道」の精神」のページです。デイリーニュースオンラインは、武田四天王内藤昌秀武田二十四将武士道戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る