<東京暮らし(7)>野村萬斎さんに聞きました (2/3ページ)
萬斎 はい、今や福島だけではなくて、熊本、北海道、関西など、日本の多くの地域に災害が起き、代送り的な死とは違う死が多くありました。また日本だけではなくて、各国でまだ戦争があり、地震や津波も起きている。世界中の、死と直面した方々の思いに寄り添いたい。死から生を考えるのが日本の精神ではないかと。それを心の片隅に置いたうえで、大いに生を謳歌する「復興五輪」にしたいですね。
――今回五輪・パラの開閉会式を、「4部作」と捉えていると。
萬斎 初めての試みなんですね。今まで五輪とパラは別であるという発想も強かったですが、莫大なお金がかかることを考えたら、なるべく共通意識を持って一つのものとして作った方が、流用できる部分もあるでしょうし。五輪だけで物事が終わってしまうことが多いので、パラにつなげて、4話完結にしたい。起承転結を感じて欲しいし、最終回まで興味を持って見ていただきたい。パラが2度目であることも東京の大きな特徴ですから、パラをどう盛り上げていくか。パラはこれからどんどん変貌していくんじゃないかなという気がしています。五輪の記録よりパラが上回る競技が、東京大会では出るかもしれません。興味が尽きないですよね。――狂言では父・万作さん、息子・裕基さんと三世代揃ってのご活躍ですね。
萬斎 息子の私がいうのも変ですけれど、名人の芸域に達している父という世代がいて、私のような中間的な、一応キャリアを積んできた世代がいて、さらには息子、まだまだ修行の身ではありますが、イキのいい世代がいる。すると、パレットを広げたときの色のバリエーションが多彩というか、そういう意味では三世代揃っているのは、いい時期だと思います。ただ、一般的にはね、まだまだ能とか狂言を見ていない方もたくさんいて、これだけ地方ツアーをしたり普及活動をしたりしても、砂漠に水を撒いているような気がしないでもないです。我々の舞台はだいたい中劇場、観客数は1000人以下ですからね。――パリでの「三番叟」三世代公演は連日盛況だったそうですね。
萬斎 息子はずいぶん伸びたなぁ、父はますます芸境に入ったなぁと感じますね。自分の目標(父)とかつての自分(息子)を同時に見るというね。目標がどんどん高くなるという言い方もできますね。それと、教える立場になり、自分の芸を客観視するようになった。