「人生にほんの少しの彩りがあれば前を向ける」 作家・伊与原新が『月まで三キロ』で伝えたかったこと (2/5ページ)
それと並行して、ある程度の年齢になると「人生こんなはずじゃなかったのに」と思うところが出てくるものですが、その心の隙間みたいな場所に未知の世界が飛び込んで来た時に、世界の見方が少しだけ変わるんじゃないかと考えていて、その変わる瞬間を小説にしたいなと思っていました。
――貝の博物館というと、まさに「アンモナイトの探し方」という短編が入っていますが。伊与原:そうですね。着想はまさにそこというか。その遠藤貝類博物館には在野の貝類研究者である遠藤晴雄氏のコレクションが収められているのですが、アンモナイトも在野の研究者による有名なコレクションがありますし、ちょっとロマンチックなイメージがあるじゃないですか(笑)。小説の題材にできそうだなと思って、これで書けそうですねという話からスタートしました。
――では、「アンモナイトの探し方」を最初に書かれた。伊与原:最初に書いたのはそちらではなく、表題になっている「月まで三キロ」ですね。
――すべてを失い自殺しようとしている男性と、タクシーの運転手の話ですね。「月まで三キロ」という言葉、元ネタを知らなかったのですが、かなりロマンチックです。伊与原:「月まで三キロ」って本当にあるんですよね。まあ、メディアでも取り上げられていたから知っている方も多いと思いますが、いつか題材として使いたいと思っていました。
――先ほど、年齢を重ねると「人生こんなはずじゃなかったのに」と思うときがあるとおっしゃっていましたが、まさにこの自殺しようとする男性はそうですよね。ただ、そこから救ってくれる人もいて、それはどんなに絶望しかけても好きものがあって、それが揺るがない人たち。伊与原:そうですね。好きなものをちゃんと大事にできて、それが揺るがない人。そういう人は強いですよね。
「月から三キロ」はテーマとしては重い話ですが、タクシーの運転手も、どんなに絶望したとしても自分が好きだった世界を完全に忘れずに生きているのは確かで、そのこと自体が絶望からかすかに救ってくれることになるのかもしれません。