アメリカ政府の極秘UFO調査計画「プロジェクト・ブルーブック」に関する9つの事実 (5/7ページ)

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・6. プロジェクト・ブルーブックの責任者は5度変更された
それぞれの責任者は同計画の目的について異なる捉え方をした。
たとえば、エドワード・J・ラッペルトは、計画を真面目な科学的探求とみなし、同計画の中で最も公平な責任者だったと評価されている(ちなみに彼は「UFO」という用語の考案者だ)。
だが1963年に責任者の座に就いたヘクター・キンタニーラが最も心を砕いたのは、大衆のUFOに対する関心を抑えることで、そのために政府は隠蔽工作までするようになる。
・7. 議会が巻き込まれた未確認飛行物体の正体は?
1965年、オクラホマ警察、ティンカー空軍基地、地元の気象学者は、レーダー上に未確認飛行物体の機影を4つ捉えた。
UFOs over Edwards Air Force Base, California 1965
キンタニーラの指揮の下、プロジェクト・ブルーブックの関係者は、これらは木星であると主張。
しかし、オクラホマ・プラネタリウムのディレクターだったロバート・ライザーが、「空軍はファインダーを逆さまに取り付けていた」と発言した。