腹切るくらい安いもの…山本権兵衛の政治使命と「臥薪嘗胆」エピソードを紹介 (4/7ページ)
どげんした?」
海軍元帥・西郷従道。Wikipediaより。
そこへ現れたのは海軍の先輩である西郷従道(さいごう じゅうどうorつぐみち)。かの「西郷どん」こと亡き西郷隆盛の弟で、この頃は日本最初の海軍元帥(げんすい。軍人の名誉職および称号)となっていました。
「あぁ、西郷(せご)さぁ……実はかくかくのしかじかにごわして……」
従道は権兵衛の苦悩をすっかり聞いてやると、静かに短く言いました。
「……よか。おいとおはんで、腹ァ切り申(も)そ」
「たとえ命に代えてでも、日本のため、未来のために」従道の発言に、動揺を隠せず権兵衛が訊ねます。
「……そいはおいに『死んで詫びよ』ちゅうこっでしょうか……じゃっどん、ないごて(しかし、なぜ)西郷さぁまで……」
軍艦建造に後れをとった責任なら、権兵衛一人が始末をつければよい話ですが……従道の真意は、別のところにありました。
「軍艦建造(ふねぇつくっ)予算の無かなら、有っとこから流用(まわ)せばよか」
つまり「海軍の予算を使途外流用せよ」と言っているのですが、それが出来たら苦労しません。
芳景「大日本帝国議会之図」明治二十四1891年
「そげんこつして、もし国会で追及され申(も)したら……」
「腹ァ切ればよか。