上野駅の地下深くに、ゴーストタウンのような巨大空間があった かつての隆盛を語る「遺産」を歩く (2/4ページ)

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200~300メートルはあろうかという奥行きに、駅を支える柱が無機質に並ぶ様子が目立つ
高い天井も非日常感があるが、広さを持て余している
高い天井も非日常感があるが、広さを持て余している

コンコースの大宮寄りにはちょっとくぼんだ空間があり、「ときめき広場」と名付けられている。待ち合わせ場所のように使われていたのだろうか。

時計と伝言板のようなボード、いくつかの椅子があるときめき広場だが、立寄る人は誰もいない
時計と伝言板のようなボード、いくつかの椅子があるときめき広場だが、立寄る人は誰もいない

今もお盆・正月になると新幹線は帰省ラッシュで超満員になるが、この空間もかつては故郷に帰る人や、友達や恋人と旅に出る人たちでにぎわっていたことは想像に難くない。

公衆電話が残っているのも80~90年代の名残だろうか
公衆電話が残っているのも80~90年代の名残だろうか

しかし91年6月20日に東北・上越新幹線が東京まで延伸したことでこの広いコンコースが主役の時代は終わった。

北への玄関口の地位も東京駅に譲って、ひっそりとした中間駅になっている。わずか6年間だけのターミナルだったのが新幹線上野駅だが、それでも駅は当時のまま残って、随所に名残をとどめている。上野がターミナルの時代のまま時が止まったようなモノを至る所で見かけるのだ。

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