令和に振り返る「平成バブルから生まれた恋愛観」 (1/3ページ)
1983年生まれの私にとって、初めて覚えた言葉はバブル景気の中で発された言葉であり、幼稚園の卒園アルバムに書いた将来の夢はバブルの最中に描いた夢だった。
別に幼稚園児が海外でジャパンマネーの威力を実感したり、不動産投資でひと財産築いたりするわけもないし、肩パッドや前髪を盛ってディスコで踊り狂い、男性から車をプレゼントされるようなことはないので、バブルの恩恵なんてほとんど受けていないけど、その時代の空気の中で物心をつけたことはそれなりに大きいことだった。
私にとって大人になるとは、すなわち豪華で豊かになることだった。小学1年生で読みはじめた漫画雑誌の『りぼん』にもバブリーな格好をした年上のお姉さんが出てくるし、テレビで放映されるドラマでは20代のW浅野が豪華なマンションで高い服を着ている。少年ギャグ漫画の主人公はお召し列車に乗っていた。
小学校に上がるか上がらないかくらいだった私が着ていたのは大型スーパーの衣料品フロアで買った上下だったけど、大人になったら好きなブティックで買った毎日ちがう服を着て、オープンカーに乗ったり、ワイワイとスキーに行ったりするものだと思っていた。
そして恋愛とは、男性が女性を高級レストランに連れて行ったり、女性を落とすために外車を買ったりすることだったし、女性が豪華な装いで男性を惑わしたり、より高価なプレゼントを引き出したり、興味のない男性は便利な足として使ったりすることだった。
男性があの手この手で女性を誘い、女性は差し伸べられる手の中からお眼鏡にかなうゴージャスな男性を選ぶ。お眼鏡にかなわない相手は適当に弄んで、自分のためにがんばって尽くしてもらう。よりゴージャスな男性をゲットするか、より多くのどうでもいい男性を弄ぶことで、ほしいものが全部手に入るのだと思っていた。
正確に言うとバブル崩壊がはじまったとき、私はまだ小学2年生だったので、恋心を抱くようになったのは景気後退がはじまってからなのだけど、株価が暴落して好景気が急ブレーキをかけても、実際のファッションや文化はゴージャスで派手な雰囲気を引きずっていた。