徳光和夫「我が愛しの長嶋茂雄とジャイアント馬場」 (2/6ページ)

日刊大衆

長嶋さんもにっこり微笑んでいましたよね」

――長嶋さんといえば、数々の伝説的なエピソードがありますが、交流のある徳光さんが知る、とっておきの秘話を教えてください。

「長嶋さんは長らく、少年野球の指導をライフワークにされていますよね。ただ、少年たちは長嶋茂雄の偉大さを知らないわけで、“ヒゲの濃いおじさんに教えてもらった”くらいの記憶になってしまう(笑)。ただ長嶋さんはツボを心得ているから、“〇〇くん頑張れよ”とか、背番号の上に書かれた名前を呼んであげるんですよ。子どもたちは家に帰って“長嶋さんに名前を呼ばれた”と言うと、親は“ウチの子どもだけ名前で呼ばれたんじゃないか。野球の素質があるはず”と感激するんですよ(笑)」

――ミスター一流の人たらし術ですね。

「ええ。オーストラリアでも、在豪邦人の少年に野球を教えたことがありました。そのチームには赤井電機がスポンサーについていたので、背番号の上に『AKAI』と書いてあるんですよ。長嶋さんはいつもと変わらず声をかけるんですが、“赤井君、いいよ〜”“赤井君、ナイス”と。それでしばらくしたら、僕のところに来て耳元で、“徳さん、オーストラリアは赤井君が多いんだね”と(笑)」

――電話番号をめぐる話もありますよね。

「あれは、宮崎キャンプのときでしたね。応接室で長嶋さんから“知人の結婚式の司会を頼まれてくれないか”と言われたんで、“喜んで引き受けます”と答えたんです。で、長嶋さんが番号をメモに書いて渡してくれたんですけど、ホテルに戻ってその電話番号にかけてもつながらない。よく見たら一桁足りないみたいなんです。それで“もしかしたら”と思って、翌日球場の応接室に戻ってみたら、テーブルの端に末尾の『9』が書かれていました。メモ書きがはみ出したんでしょうね(笑)」

――立教大の学生時代に、「I live in Tokyo」を過去形にしなさい」という問題に、長嶋さんが「I live in EDO(江戸)」と答えたという逸話もありますね(笑)。

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