徳光和夫「我が愛しの長嶋茂雄とジャイアント馬場」 (4/6ページ)

日刊大衆

自らネタを振っていますからね(笑)」

――周囲を楽しませようと意識しているんですね。

「長嶋さんには“長嶋茂雄でいなければいけない”という美学があるんですよ。人を楽しませる発言もその一つですし、ユニフォームを脱いだ後もランニングや腹筋を欠かさず、現役時代の体型を維持するように努めていました。監督として、日本一になって胴上げされた2000年の写真を見てください。宙に浮かんだ瞬間、長嶋さんは腹筋を締めて足を上げて、体全体をV字にしているんですよ。こんな監督は長嶋さんくらいだと思います。“アスリートかくあるべし”という美学なんでしょうね。脳梗塞で倒れた後も、一時的に太ったものの“このまま世間に出たら長嶋茂雄じゃない”と、体型を戻してから表舞台に出られたわけです」

――常に「長嶋茂雄」を貫こうとしていると。

「間違いないですね!」

■球史に残る「天覧試合ホームラン」

――そうそう、長嶋さんと言えば、球史に残る「天覧試合ホームラン(1959年6月25日)」ですよね。

「長嶋さんの傘寿のパーティで、急遽、司会を言い渡され、インタビューをすることになりまして。まず、“目を閉じて、これまでの野球人生を振り返って浮かんだ試合はなんですか?”と聞いところ、“天覧試合でのホームランだ”と。阪神・村山実のインコースを狙って打ったら、レフトスタンドに入るんですが、長嶋さんは、“もう天皇陛下は帰られている時間かもしれない”と思ったそうですね。陛下は9時15分まで観戦してお帰りになる予定だったわけです。で、長嶋さんが打席に入ったのが9時12分。それで長嶋さんは、二塁から三塁へと走るときに、不敬と思いながらも我慢できずに顔を上げてバックネット裏の貴賓席を見たら、陛下が身を乗り出して観ていたそうで、そのときに“親孝行できた!”と感じたそうです」

――凄い話ですね!  徳光さんにとって長嶋さんは、どんな存在ですか?

「長嶋さんと同じ時代に生きていなかったら、今日の自分はいないんですよ。

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