櫻田義孝・前五輪相に直撃インタビュー「失言辞任の真相」 (3/3ページ)

日刊大衆

囲み取材でも国会答弁みたいなやりとりしていたら、お互いの人間性も分からなくなっちゃいますからね」

ーー経歴を拝見していると、今時の政治家には珍しく、田中角栄さんのような“叩き上げ”のイメージがあります。

「恐れ多いことだけど、地元では昔、よく“柏の角栄”なんて言われました(笑)。

 私は農家に生まれ、母親は私を苦労して育てたんでね。子どもの頃から“人の役に立て! 偉い人になれ!”と言われ続けましたよ。ただ、勉強するにも貧しかったから、塾に通いたいって言えなくてね。高校3年のときには、大学に落っこちちゃって(笑)。

 予備校に行く金もなかったんで、大工のバイトをしたんですよ。春休みだけのつもりが、あっという間に2年たって、私はもう“いまさら大学なんて……”と思ったんですが、周囲の薦めもあって夜学(明治大学の夜間)に入学したんです。もちろん、昼間は大工の仕事を続けながらでしたね。

 母親の期待が大きかっただけに、人のためになる仕事がしたい、それには政治家がいいと考えたんですがね。親戚を見渡しても政治家はいないし、パイプもない(笑)。それでまず、25歳で独立(櫻田建設を設立)したんです。

 冒頭でお話したように建設業界で工期を守るのは絶対不可欠。だから工期は必ず守りましたよ。今でも大工として家1軒くらい……まあ、大工の世界も当時から技術的に進歩した面はありますが、やり方はまだ体が覚えていますよ(笑)。

 そうやって30歳で青年会議所に入り、33歳で理事長になったら、いろいろ公的な役職が増えてきましてね。柏市の役人や市長、市議会議員の方と会う機会も増え、そのうちに、市議になったらどうだという話になったんです」

ーー櫻田義孝衆院議員は、この後のインタビューで安倍晋三首相についても語っている。続きは5月27日発売の『週刊大衆』にて。

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