「ホッケとバイスサワー」《新井見枝香コラム・本能めし6》 (2/2ページ)
確かここは、同じ駅に住んでいる某版元の営業さんが「ひとりでも飲める」と言っていた店だ。壁という壁に手書きのメニューがビタビタ貼られ、おしゃれ度はゼロであるが、このしょぼくれた気分にはぴったり。サラリーマンのおじさんふたりが、年下の上司への鬱憤をデロデロと垂れ流している。どうせ面と向かっては言えないんだ。気が済むまで吐き出してしまえ。
メニューを見ると、なんとも魅力的な響きの酒があった。《バイスサワー》。この奈落の底のような食堂で、あの黒ずくめ缶より遙かに強く、ビジュアル系オーラを放っている。VICEサワー、悪徳の酒、邪悪な酒。しかもここなら、部屋が魚臭くならずに、焼きたてのホッケが出てくる。口は臭くなるが、塩らっきょうもある。
こりゃバイスでゴートゥーヴァイスだな!
私は今、すごくうまいことを言ったのだが、このネタ、90年代にビジュアル系を愛していた人にしか伝わらない。当時人気のあった某バンド「R」の曲に、そういう歌詞があるのだ。
ちなみにバイスサワーの「バイス」は「梅酢」という意味であり、ビジュアル系とは何の関係もない、しそ風味である。