八代亜紀「“美人喫茶”で歌って…」ズバリ本音で美女トーク (2/5ページ)
――じゃあ、一躍人気者になって、そのキャバレーで長く働かれたんですか?
八代 それが3日めで両親にバレちゃって(笑)。「いつから不良になったんだ」って怒って大変でしたね。
――親御さんの気持ちも理解できますが、すごく厳しかったんですね。
八代 というか、怖かった。だって、柱時計を投げつけられましたからね(笑)。
――ええっ!? それで、どうなったんですか?
八代 父は私に直接当たらないように投げたんですけど、壊れた柱時計の破片が私の背中に当たって。さすがに見かねた母が「なんばしとるっ! この子を殺す気ねっ!」って、父にしがみついたんです。
――うわぁ~修羅場ですね。
八代 それが原因で勘当されたんです。中学校卒業後、キャバレーの仕事の前に、バスガイドもやっていたの。父もバスガイドの仕事は渋々、認めてくれたんですけどね……。
■クラブのお姉さんたちに言われて
――そんな壮絶な経験をされてから上京されたと。
八代 東京・目黒に従兄弟夫婦が住んでいて、16歳の頃に、そこでお世話になりながら音楽学校に通うことになったんですね。でも、仕送りがなかったので、学費を工面するために“美人喫茶”で歌って、お金を稼いでいたんです。
――苦労されたんですね。ところで美人喫茶って、どんな店なんですか?
八代 お姉さんがキレイな喫茶店(笑)。そこで歌い手を募集していて。あの頃、普通の喫茶店だとコーヒー1杯80円だったけど、美人喫茶は600円。
――失礼ですが、それってボッタクリじゃあ……(笑)。
八代 いやいや。キレイなお姉さんがいるんですから、それぐらいはしょうがないですよ。で、そこで働きながら音楽学校に通っているときにスカウトされて、グループサウンズのボーカルをやらせてもらったんです。