古代エジプト人の死生観はナイル河の存在なしには語れない (3/3ページ)

心に残る家族葬

来世での再生を確実なものにするために、ミイラの保存はとりわけ厳重に行われ、防衛するための策も講じられた。中王国時代の王のピラミッドからは、棺の安置してある玄室とは別の方向に侵入者を導く偽の通路や隠し扉のような、凝った仕掛け、幾重にも張り巡らされた落とし戸などが発見されている。さらに、ピラミッド内部には、万が一肉体が損なわれた時のことを想定し、その予備までもが用意されていた。墓の中には、故人の彫像や壁画に描かれた肖像などがあり、墓荒らしや盗掘などに備えていた。何らかの形でミイラが破壊された場合、魂は代替品にも宿ると考えられていたのである。ここまでいくと、用意周到と言うよりも涙ぐましさばかりが目につくようである。

■長きにわたる繁栄

古代エジプトは5000年以上前から死後の再生という発想を抱き、3000年以上にわたってそれを維持し続けた。古代エジプトの王、ツタンカーメンはしばしば少年王と呼ばれ、夭逝した悲劇が語られるが、当時19歳で逝去したツタンカーメンは適齢だったとも考えられる。それでは古代エジプト人は死に囚われた人生を送っていたのだろうか。否、来世の描写からも窺えるように、古代エジプト人が現世の生活や人間関係を大切に思っていたのは間違いないだろう。古王国時代後半以降、夫婦だけでなく、親族までが同じ墓を共用する家族埋葬が流行した。もちろん全ての家族が仲むつまじく、良好な関係にあったわけではないだろう。しかし、親しみ深い人間関係こそが死への恐れを和らげたのではないだろうか。若干20歳そこそこの若者たちが国を治め、ミイラ作りを考案し、ピラミッドを建設する。環境は違えども、古代エジプト王国の若者のエネルギーには舌を巻くものがある。

■参考資料

■和田浩一郎「古代エジプトの埋葬習慣」(2014)

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