浅田真央とキム・ヨナも火花!「日本vs韓国」スポーツ戦争史 (3/5ページ)
すでに何度もW杯に出場していた韓国は、乗り越えるべき大きな壁だったんです」(サッカーライター)
そしてJリーグ誕生直後の1993年10月。日本は念願のW杯初出場をかけて、韓国との対戦に挑んだ。「エースだったカズ(三浦知良)のゴールにより、1-0で勝利。日本がW杯予選で韓国を破ったのは、これが初めてで、まさに歴史的勝利でした」(前同)
夢をつかみかけた日本代表だったが、続くイラク戦、後半ロスタイムにまさかの同点ゴールを浴び、W杯出場を断たれてしまう。これが「ドーハの悲劇」である。
さて、サッカーの日韓戦で、ひときわ盛り上がったのがロンドン五輪。両者は、3位決定戦で銅メダルを争うことになったのだ。「世界規模の大会で、日本と韓国がメダルをかけて戦うんですから、ヒートアップしないわけがない」(同)
韓国サッカー界にとって、五輪の初メダルは悲願。日本以上に闘志を前面に出して挑んだ韓国は、2-0で日本を撃破。銅メダルを獲得するのだが、問題は試合後に起きた。
「一人の韓国選手が『独島は我々の領土』と韓国語で書かれたプラカードを場内で掲げたんです。政治的アピールをすることは五輪憲章違反ですし、なんとも後味の悪い試合となってしまいましたね」(同)
■木村沙織を中心にバレーボールでオリンピック銅メダル
ロンドン五輪では、女子バレーボールでもメダルをかけた日韓戦が行われた。絶対的エース・木村沙織を中心に勝ち進んだ日本は、準決勝でブラジルに敗れ、3位決定戦で韓国とぶつかったのだ。
「予選ではともに3位だった両チームでしたが、この試合では3-0で日本が圧倒。実は、五輪の最終予選では、日本は韓国に敗れていたんですね。