心霊番組が激減したのは非科学だから?非科学を追い出しすぎることの弊害 (2/3ページ)
当時(2005年)物議を呼んだ話題だが、長崎県教育委員会が小中学生に生と死の意識調査を実施したところ「死んだ人は生き返る」と思う子供が15.4%を占めるという結果が出た。その理由は「テレビや映画で生き返るところを見たから」29.2%「ゲームでリセットできるから」7.2%などとなっていた。
このデータは、不自然な延命治療や人の命を軽く扱う少年犯罪や子供の虐待など、生と死の境が曖昧になった現代を象徴しているようにも思える。かつて、日本の幽霊は白装束に三角の布をつけた、つまり通夜・葬儀における棺桶に入った状態で現れることが多かった。これは死者としてのシンボルだと思われる。幽霊は生と死をはっきり区別していた。死者が姿を現す、だから怖いのである。幽霊が教えてくれるのは生と死なのだった。
■幽霊は「生と死」を教えたり、考えさせたりするのに役立っていた
明治の物理学者・寺田寅彦(1878~1935)は幽霊ではないが、やはり駆逐されつつある「化け物」についての随筆でこう語っている。
「全くこのごろは化け物どもがあまりにいなくなり過ぎた感がある~略~これはいったいどちらが子供らにとって幸福であるか、どちらが子供らの教育上有利であるか」
「日常茶飯の世界のかなたに、常識では測り知り難い世界がありはしないかと思う事だけでも、その心は知らず知らず自然の表面の諸相の奥に隠れたある物への省察へ導かれるのである~略~このような化け物教育は、少年時代の我々の科学知識に対する興味を阻害しなかったのみならず、かえってむしろますますそれを鼓舞したようにも思われる」(寺田寅彦 化け物の進化)
日本における物理学の先駆者であると同時に、夏目漱石に師事した文学者でもある寺田ならではの視点である。さらに寺田は「化け物」や不可思議な事を馬鹿らしいものと切って捨てる「皮相的科学教育」を批判している。
化け物や幽霊は科学では教えられない「生」や「死」そのものを身近に感じさせる役割を担っていた。そうした意味を見いだせず、化け物や幽霊をあり得ないものとして抹殺する「科学教育」を受けている子供たちが、「科学技術」の結晶たるゲームから学んだことは「命のリセット」であった。