3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【三】 (2/3ページ)
ここは長右衛門が、しっかりみんなをリードしなくてはなりません。
「そんなもん、決まっとるがな。みんなで生きて帰るんじゃ!」
日頃の商いで人の使い方は心得たもの、長右衛門はまず6名を2班に分けて、片方に生活拠点の構築、もう片方に伝馬船で島内の探索を担当させました。食糧調達は原則として各班で実施、余裕が出れば貯蔵に回します。
こういう非常事態において、まず重要なのは前向きな目標に向けた任務を全員に割り振ることであり、暇を持て余すことで心身を病んでしまう危険性を、長右衛門は理解していました。
その一方で、日々の仕事を通じて生じる不平や疲労が溜まらないよう、朝と夕に必ず全員で集まって何でも話し合い、必要に応じて任務や人員の交替や適切な休息など、柔軟な組織運用を実施。
幸い島には食糧になる海亀や野鳥が豊富で、薪の供給源となる森林や、水源には事欠かず、漂流中の苦労に比べれば、格段に生活水準が向上していきました。
船を一艘、みんなで造ろう!探索の結果、この島は無人島であることを確認、また別の場所に漂着していた難破船の残骸を発見、いつか帰るために新しい船を造る資材として回収・確保しました。
もちろん、先日沈んでしまった自分たちの船からも使えそうな廃材はできるだけサルベージして、来るべき日に備えます。