諸行無常の響きあり…裏切りに絶望した悲劇の貴公子・平清経の生涯(上) (3/5ページ)

Japaaan

『平家物語絵巻』より、墨俣合戦の様子。

これらの功績から寿永二1183年4月、正四位下 左近衛権中将(さこのゑ ごんのちゅうじょう)に叙任されますが、平家一門の絶頂期を築き上げた最高権力者にして精神的支柱であった祖父・清盛の病没(治承五1181年閏2月4日)以来、平家一門の権勢は明らかに陰りを見せていました。

(※ちなみに、父・重盛は治承三1179年7月29日に亡くなっています)

平家一門の都落ちに際し、名刀「吠丸」と「鵜丸」を持ち去る

かくて燎原の炎のごとく燃え立った反平家の機運は、もはや消し止め得ない勢いとなっていました。

寿永二1183年7月、信濃国の豪族・木曾冠者(きそのかじゃ)こと源次郎義仲(みなもとの じろうよしなか。木曾義仲)が北陸道から破竹の勢いで京の都へ進軍してくるに至って、各方面で戦っていた清経ら平家一門の武将は急ぎ呼び戻されました。

「京の都は攻めるに易く、守るに難し。

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