小説家と声優「表現者」としての違いとは? 平野啓一郎と速水奨が語る小説論、演技論(後編) (4/5ページ)
ところで、今回、小説家と俳優というそれぞれプロフェッショナルとしてお話しいただいていますが、お互いの仕事をやってみたいと思いますか?
平野:いやあ、僕はできないと思いますね。表現者には、俳優とか歌手とか「その現場での自分自身が表現そのものであるという人」と、「部屋にこもって表現するものを作ってそれを外に出していくという人」という、大別して二つあると思うんですけど、同じ表現者でもその間には大きな距離があるような気がします。
パフォーマンスをやっている人が部屋でモノを書くことはできると思うけれど、部屋にこもっている人がパフォーマンスをするのは無理です。だから舞台に立ったり声優として何かをしたりというのは僕には出来ないですね。
――と言いながらも、どの役とまでは言いませんが、今作のオーディオブックでは一役演じていらっしゃいます。平野:あのくらいならね(笑)。しかも自分の作品ですから、それで何かが悪くなっても人に迷惑はかけないから気楽ですけど。他の人のものを読むのは無理だなあ。
――速水さんはいかがですか。速水:憧れますよ。小説家は子供の頃のなりたい職業でしたから。小学校6年生の時に医者になりたくて、同時にノーベル文学賞もとりたかったんですよ。子供が考えがちなことだけど(笑)。医者でノーベル文学賞をとるっていうのが最高にかっこいいことなんじゃないかと。
平野:安部公房はぎりぎりのところまでいきましたね
速水:そうですよね。
――今、小説を書いていみるという選択肢は。速水:自分に才能があればね。でも、これだけ生きていれば自分の頭の中もだいぶわかります。ボキャブラリーの数も数えられるくらいですから。そこまで不遜じゃない(笑)
平野:でも、油断ならないですよ。ある日突然すごい本を出したりするんじゃないかと。