絵画のような音楽。『いかれたBaby』に包み込まれるやさしい夜 (1/4ページ)
私は音楽を聴かない。
だから、今回のご依頼をいただいたときに正直困った。ましてやラブソングだ。恋愛しているだけでも瀕死なのにラブソングをわざわざ聴く必要性がよくわからない。
ラブソングなんて聴いたらtoo muchではないかなどと思ったが、私の感性の話などはどうでもよく、目下このお仕事を承れるか否かのお返事が最優先事項。
記憶を一生懸命に手繰り寄せ、音楽を聴かないなりに思い出深い曲を書き出していく。片っ端から歌詞を調べていくと、その中にひとつだけラブソングが“あった”。
“あった”と言ったのは、私がそれまでその曲を「ラブソング」だと思って聴いたことがなかったからだ。歌詞を意識して聴いたこともない。もっと言えば、私にとってその曲は音楽と呼ぶのも疑わしいほどに特殊で、とても思い入れのあるものだった。
■彼の好きなものを好きになりたかった
そのラブソングとの出会いは、もう6年近く前になる。
その日、当時まだ学生だった私は恋人と車で水戸美術館に向かっていた。茨城のつくば市にある大学に通っていた私たちにとって水戸はドライブにはちょうどいい距離だった。
彼の運転する車の助手席に乗るとおとなになれたような気持ちになった。「せっかくのドライブデートだし」などといって用もないのにサービスエリアに寄り、さして食べたくもないソフトクリームを買うのも楽しかった。
美術館デートもとりたてて珍しいものではなく、芸術学科だった彼の“勉強”に付いて行くことばかりで、美術館に行った帰りに飲みに行く以外のデートをした記憶がない。
「ついでみたいにしないでよ」と言いながらも、私は彼との美術館デートが好きだった。
美術館めぐり以外でも彼はいろいろなライブやインスタレーション、映画、漫画や小説を教えてくれた。高校時代までは勉強と部活しかしてこなかった私は、美術館はまだしも本や映画にさえほとんど触れてこなかった。
だからこそ芸術や表現への憧れも強く、彼が見せてくれる知らない世界が、彼のことが好きだった。
けれど、彼と見るものにはハズレも多かった。