会葬者が2万人にもおよんだという国会議員も務めた九州の大親分 吉田磯吉 (6/7ページ)
それによると、切除されていた胃は全体の3分の1または2分の1に相当し、しかも間違いなく癌にかかっていた。吉田磯吉は、手術後1年間は食事に注意し、毎食を少量ずつ摂取するように心がけていたものの、それ以降は酒を飲んだり、餅を食べたり、人よりも多く間食するなど、欲するままに飲食していても、がんが再発することはなかった。しかも解剖の結果、吉田磯吉の残された3分の2から2分の1の胃は多少拡張し、多量の飲食物を容れても十分なほどまでになっていたことが明らかになったという。
また、吉田磯吉に献体を勧めていた杉丸だが、「屍体は全て国有にすべし。死後はその体を医学などの役に立てることが人たるものの務め」という考え方を持っていたことから、死後その遺体も、現在の東京大学医学部に献体された。杉丸の遺体は解剖実習の後、あらゆる臓器・肉・筋を取り去って骨格標本にされ、現在も所蔵されているとのことである。
■最後に…
現在の若者世代が、自分の周囲にいる、彼らの目線からは「老害」でしかない人々からの「自慢話」や「手柄話」、そして当時の映画やテレビのドキュメンタリー番組、或いはインターネットなどで触れる昭和の日本の高度経済成長期、そしてバブル経済期の「上り調子」「浮かれた空気」と「今」とを比較して、「今」は「暗い」「希望がない」と悲観する前に、少し考え方を変えて欲しいと筆者は思う。「今」は確かに「暗い」かも知れないが、そう「見える」のは、「今」だけであり、30年、40年、50年後の若者世代の人々からは、むしろ、「うらやましい」ものに見えるかも知れないのだ。そもそも、インターネットというインフラ、パソコンやスマートフォンといったツールの存在、そしてそれらを当たり前に使いこなせることだけでも、「団塊世代」「バブル世代」の「若い頃」よりも「発展」「前進」しているのだ。もちろん、そうした社会システムが完全無欠の「素晴らしいもの」とは言い切れないが。そしていずれ人は、どんなに浮かれていようと、落ち込んでいようと、死んでしまう。今の「暗さ」を逆に千載一遇のチャンスと捉え、一心不乱に生きて欲しい。吉田磯吉にしても、幼少期から恵まれて、常に人から脚光を浴び続けていた境遇ではなかったのだ。