「塀のない刑務所」誰も知らない“天国と地獄” (2/5ページ)
組員、刺青の入った者もダメと聞きました」
なにしろ、全国の刑務所には約5万人の受刑者がいるが、大井の定員はわずか50名ほど。ここ以外に「開放型施設」は全国に3か所あるが、同じく定員は少ない。しかも、そこでの厳しさは軍隊並み、いや、それ以上というのだ。
「大井を希望し、許された者は一旦、松山刑務所に集められます。そこで2か月、“大井訓練生”といって、大井の生活に耐えられるように体力、規律の訓練があるんですが、自分は、あれが一番きつかったですね。1時間近く全力で走らされたと思うと、今度は階段上がり、腹筋、皆で手をつないでのスクワット。私は一番体力がなかったんです。集団責任なので、他の訓練生からも苦情を言われる。まさに地獄でした」
〈大井訓練のメニューに行動訓練というのがある。2列に整列し、全員が足をそろえて走る。『チィー、ニー、サン、シー』と大声で声を掛けながら。足が揃わなかったり、遅れて列からずれると、リーダーから罵声が飛ぶ。『ヤル気あんのかぁ』『いつまでも終わらねぇぞ』『お前には大井はムリムリ。ヤメロヤメロ』〉 A氏が訓練生になったときは7名が参加。しかし、この訓練を経て大井に行く前、自分より若い30代の2人が音を上げ、自ら大井行きを辞退したという。
■大井造船作業場で服役する受刑者に待っていたのは!
そして、いよいよ大井での生活が始まった。大井造船作業場で服役する受刑者は、同施設内の『友愛寮』(鉄筋コンクリート5階建)で生活する。4階と5階が受刑者の居住スペースで、4人一部屋で2段ベットが2つある。ここには、一般刑務所のような鉄格子はない。手錠もされない。もちろん刑務官はいるが、制服ではなく現場監督が着るような服を着ていたという。そして一般刑務所との一番の違いは、大井の刑務官は基本的に周りで見ているだけで、日々の労役から炊飯、洗濯までは受刑者同士が中心となって行う点だ。A氏が服役していたときには、大井には受刑者で構成される“自治会”という組織があった。トップである自治会長の下、各担当リーダー、各自治委員、1級生、2級生、新入生という上下関係の中、日々の生活を送る(前述の平尾受刑者の脱走事件により、大井での自治会制度は解体された)。