長嶋茂雄×王貞治「魂が震える名勝負」10大秘話 (1/3ページ)

日刊大衆

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 いずれアヤメかカキツバタ。巨人V9時代を支え、プロ野球人気を押し上げた最大の功労者、長嶋茂雄氏(83)と王貞治氏(79)。長嶋氏は巨人軍終身名誉監督、王氏はソフトバンク球団会長として、今なお球界を支え続けている。

 今回は“伝説のON”の選手、監督時代を通じてのハイライトとも言える名勝負を5つずつ選出。その偉業を振り返ってみたい。

 『週刊大衆』は両氏をよく知る人物を介して、両人の肉声も入手したため、合わせて堪能してもらいたい(以下、文中一部=敬称略)。

 まずは長嶋の名勝負からだが、【4打席4三振のデビュー戦】から始めたい。1958年4月5日の後楽園球場、国鉄戦。対するは国鉄のエース・金田正一。

「ゴールデンルーキーとの初対戦とあって、金田は燃えていました。試合前には観戦に訪れた父親から、"絶対に打たせるな”と、ハッパをかけられていたんです」(当時を知る球界関係者)

 父親の喝入れが奏功したのか、巨人打線は6回までパーフェクトに抑えられる。「長嶋がこの日、バットに当てたのは、際どい球をよけた拍子にバットにかすった1回だけ。9回も空振りしています」(前同)

 ただ、ひるむことなくフルスイングで挑んでくる長嶋に、金田は「いずれ打たれるかも」と感じたという。実際、生涯対戦成績も3割1分3厘と、金田は長嶋に“お客さん”にされた。

 続いて、“世界の王”を生む契機となった【一本足打法誕生】を振り返ろう。

 王の“一本足伝説”は、1962年7月1日から始まった。川崎球場で行われた巨人VS大洋の15回戦。前日は巨人が完封負けしており、チームのムードは重かった。さらに、雨で試合開始が30分遅れたため、その時間を利用してコーチミーティングが行われていた。その席上、別所毅彦コーチが怒鳴った。

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