「戦国時代の騎馬合戦は絵空事」説に異議!武士らしく馬上で武勲を立て「槍大膳」と称された武将【上】 (3/3ページ)

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守住貫魚「騎馬武者像(部分)」徳島市立徳島城博物館蔵

そもそも片手に何か(槍、采配など)を持って馬に乗ることが前提の武士に、両手で手綱を操る術など必要ありません。例えば極端な話、片腕を切り落とされて(不本意ながら)逃げる時「片手だから馬に乗れない」ではお話しにならないでしょう。

※そもそも(流鏑馬のように)馬上から矢を射る時は両手とも手綱から離さねばならず、鐙(あぶみ)で下半身をしっかりと安定させることが馬術の基本です。

かくして片手綱の鍛錬を重ねた弥九郎は初陣以来、数々の戦場で武勲を立てましたが、いずれも馬上での槍働きによるものでした。

後に大膳亮(だいぜんのすけ)の官途を許され、人々より「槍大膳」と恐れられるようになったそうです。

【続く】

※参考文献:
佐藤正英校訂/訳『甲陽軍鑑』ちくま学芸文庫、2013年8月5日 第3刷
稲田篤信『里見軍記・里見九代記 里見代々記』勉誠出版、平成十一1999年5月20日 初版

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